社会の傷を癒し、掬い上げる方法を探して。ヒーリング表現領域は、アートやデザインといった視点から「癒し」について考える、日本では女子美にしかない領域です。従来の資本主義社会がある意味で限界に達しようとしている現在、皆さん自身もきっと感じているように、社会の中にはいろいろな綻びが生まれています。病気や障がい、それだけでなく普段の日々の中で生じる小さな傷の積み重ねによって、さまざまな困難を抱えてしまった人たち。その傷を癒し、困難の中から掬い上げるために、自分が持っている芸術的な感性や表現、技術を生かす術を探究する。そんな意識を持った学生が集う学びの場となっています。幅広い分野を学び、広い視野を培う。ここでは本当に幅広い分野に取り組みます。ホスピタルアートや絵本制作、公共空間での壁画制作、イラスト、ぬいぐるみ、キャラクターデザイン、おもちゃ、グラフィック、そしてワークショップ。もちろん、アートセラピーに関する授業や、哲学、心理学、世界史など座学で論理を学ぶ機会もあります。特に、公共空間や医療現場へのアートの介入が社会の癒しにとって非常に重要であることは、世界的にも認知されつつあります。ヒーリング表現領域でも、さまざまな病院や施設と連携して、当事者と一緒に空間づくりを行う授業など、実際の社会のなかで実践的に学びを得る機会を設けています。社会全体の気分にアプローチすることも「癒し」の役割。ここでの学びのなかで、幅広い分野の表現に触れ、幅広い視野を持つことはとても重要だと僕は思っています。「癒し」というものに、決まった答えは存在しないのですから。戦争や災害、病気など深く傷ついた人に対する局所的な癒しもあれば、日々の生活を少しだけ気分の良いものにしてくれるささやかな癒しというものもある。誰かが窓辺に置いてくれた観葉植物、気持ちのいいドライブウェイ、あるいは壁の落書きに勇気づけられることもあるかもしれません。こうしたささやかだけれど、その人が見ている世界を少しだけ明るくしてくれる、上機嫌な毎日を支えてくれるものも、ヒーリング表現領域で取り扱う重要な癒しの一つだと思っています。なぜならば、局所的な癒しを必要とする人たちに社会全体で手を差し伸べていくには、その社会全体が寛容な雰囲気でなければならないからです。社会との結びつきを意識した学びを。女子美は奔放で自由な発想を持った学生にとって、寛容性の高い非常に居心地のよい環境だと思います。どんな自由なアイデアも受け止めて、共に育ててくれる場所です。ただそれは、他者の意見や社会との関わりを無視して、自分の好みのままに表現を追求するものとは少し違います。特にヒーリング表現領域は、社会と非常に結びつきの強い分野です。アートやデザインを通して社会に対して何かアプローチをしたいという人はきっと得るものが大きいと思います。ヒーリング表現領域 西田秀己 助教ノルウェー王国ベルゲン芸術デザイン大学芸術学部修士課程修了。光州ビエンナーレ(2014年/韓国光州)、札幌国際芸術祭(2014年/札幌)ほか多数で作品を発表。ロンドン、台北での活動を経て、2018年から2019年にかけてポーラ美術振興財団在外研修員としてモスクワに滞在。2020年4月より女子美術大学助教。「癒し」って何?自分なりに考え、社会にアプローチしていくために。177
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