広報誌No.198_
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独立されてからは、どのように活動してきましたか。独立後は修復家の共同工房である前川工房に移りました。そこで紙、絵画、彫刻、テキスタイル修復に携わる人々と出会えたことは幸運でした。彼らから刺激をもらいましたし、独立後もコンスタントに修復の依頼をいただける人脈を得られました。この頃の主な活動は、フィレンツェにある美術史の研究施設「ドイツ美術史研究所」での修復でした。なかでも鮮明に覚えているのが、前川工房を営む前川ルアーナさんとともに、インクで手書きされた文献のコレクションの修復に取り組んだこと。コレクションには傷などの物理的な劣化だけでなく、インクの腐敗をはじめとする化学的な劣化も認められました。そこで、インクの変質を防ぐ方法についての研究も実施。その結果をコペンハーゲンで催された修復に関する国際的な学会で発表しました。個別の修復依頼に応えるだけでなく、修復技術そのものをアップデートしていく研究活動に関わったことで、修復技術の向上に貢献できる研究の面白みを感じました。─2018年からは、ボローニャアカデミア美術学院で2年間教鞭を執っていらっしゃいます。自ら修復するだけでなく、「教える」という活動にも力を入れ始めた背景には、どのような心境の変化があったのでしょう。きっかけとなったのは、2017年に乳がんの手術を受けたこと。イタリア語の「悪性腫瘍です」という宣告は今でも覚えています。寿命はあとどれくらいだろうか。3年も生きられれば幸運かもしれない。そう考えていると、当たり前のように続くと思っていた人生が、有限であることを痛感します。同時に、自分が持っている技術を伝えていきたいという思いが芽生えました。自分がいなくなっても、次の世代の人々によって技術が受け継がれていってほしい。まさにヒポクラテスの格言の通り「芸術は長く人生は短し」ですね。ボローニャアカデミア美術学院で教鞭を執るようになったのはそんな理由からです。私が教えていたのは、主に写真の修復です。教える立場として万全の準備をするべく、基礎基本に立ち返って教科書を読み漁る日々。1日の授業のために5日間ほどを費やして資料作りをすることも日常茶飯事でした。自分が作業をするのと、他人に教えるのとでは、必要となる理解の深さもまるで違いますからね。それでも「この技術を次世代に分け与えていきたい」と思いながら準備するのは充実感がありましたし、優秀な学生たちと過ごす時間は刺激的でした。10Special Report─ボローニャアカデミア美術学院の校舎内・授業の様子前川工房の前川ルアーナさんとボローニャアカデミア美術学院での修復作業の様子日本の和紙を用いて修復中の文献のコレクション前川工房の外観新たな修復技術の研究に挑む自分の技術を、次の世代に伝えていきたい2004 - 20162017 - 2020

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