広報誌No.198_
12/36

─2020年に新型コロナウイルス感染症のまん延によって、ロックダウンが敷かれました。活動にどのような影響がありましたか。大きなダメージがありました。折しも念願だったウフィツィ美術館付属図書館の本の修復依頼を受けることになった矢先のことです。工房に出向くこともかなわず、仕事に取り掛かれずに自宅で悶々と過ごしていた記憶があります。状況が少し好転し始めたのは、職人やアーティストたちが住む集合住宅の「コンベンティーノ」への入居が決まった頃から。家賃も比較的安いので、コロナ禍で収入の目処が立たなかった当時の私には願ってもない幸運でした。コンベンティーノでは、イタリアのほかドイツやトルコなど各地から集まった職人やアーティストたちとの交流を通じて多くの刺激を受けました。この時期の大きな変化としては、入居者たちに影響されて修復だけでなく創作活動も始めたこと。折り紙を使った小物作りやデコレーションペーパーを使った制作を始めました。現在は修復と創作、半々くらいで活動しています。─コロナ禍という逆境でしたが、新たな方向に足を踏み出せたのですね。そのとおりです。一方で、修復の仕事は私にとっていわば「人生をかけたミッション」。今でも修復の依頼が来ると、背筋が伸びる思いがします。貴重な文化財を100年後、1000年後に残していく。その重責を担っているわけですから。修復家として大切にされていることはなんですか。身につけた技法を機械的に用いるのではなく、個々の作品の状態をよく観察することです。作品も人と同じ。「この人の寿命を伸ばしてあげたい」と思いながら修復に向き合っています。患者さんによって症状や治療法が異なるように、作品も状態や適した修復方法は異なるものです。現代の技術ではまだ直せなくても、日々進化している修復技術によって、将来的には直せるかもしれません。「次の世代に修復できるよう、状態を保存する、劣化を遅らせる」という意識も大切です。海外で芸術に携わる意義とはなんでしょうか。異国の文化に触れ、視野が広がることです。芸術の国イタリアには、国内だけでなく世界中からアーティストたちが集まってきます。彼らから受ける刺激はかけがえのない財産です。それと同時に、日本文化の素晴らしさを再認識できたのも大きな収穫でした。日本の職人が作るハケや筆の品質はとても優れていますし、繊維の長い和紙は修復の際にも重宝します。だからこそ、海外で活動したいなら、日本文化についてよく知っておくこともとても大切です。海外の方々は、日本Special Report11──折り紙を使ったモビールコンベンティーノの外観作品は人間と同じ。よく観察し、症状に合わせて直すことが大切です2020 - 2023

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る